アルファシンドロームにとらわれているのは、人間の方だ。

ホッキョクオオカミは、北極圏にあるクイーン・エリザベス諸島に棲息する。あまりにも僻地なため、人間から迫害を受けてこなかった歴史がある。彼らは、人間を恐れることがなかったそうだ。自然な生態の観察が可能だった。

生態観察の結果、彼らは、両親を中心として、その子どもたちだけの群れを構成した。そこに支配関係は見られなかった。一方、それ以前に、別のオオカミの社会構造が研究されたことがある。血縁関係のない個体同士を一堂に集める方法がとられた。すると、雌雄のペアを頂点とする支配構造がつくられた。集団内で、うまく折り合いをつけるために、オオカミたちは、そうせざるを得なかったのだろうと解釈されている。

いずれの場合でも、群れには、主である「アルファ」となる個体がいたことになる。それが、前者のように、家族を導くリーダーであるのか、あるいは、後者のように、強権を振るうボスであるのかは、置かれた環境によって変わってくるのかもしれない。これが、犬のしつけをめぐる議論の際に持ち出される、オオカミの生態の話だ。

犬は、長い年月を経て家畜化される中で、家畜化症候群やヘテロクロニーといった特徴を持ち併せている。そもそも、身体的にも精神的にも、オオカミとはかけ離れている。家族に迎え入れた時に、犬が「アルファ」として振舞うとは考えにくい。まして、人間の方が「アルファ」の役割を、あえてする必要はないのだ。