喉の腫れは、甲状腺癌か。脳転移を疑った犬に何ができたか。次々と現れる大脳症状を食い止めるためには。
20㎏ほどもある12歳のボーダーコリーは、咳をするとのことで来院した。喉元を触ってみると、10㎝くらいの硬い塊を感じた。明らかに、皮膚の下にある喉の構成成分の形態が大きく変化していることがわかった。腫瘍を疑った。経験上、この時点で完治は厳しい印象だった。飼い主は精査を希望しなかったため、消炎鎮痛剤と鎮咳剤を処方して、経過を見守ることにした。実質的な緩和ケアの始まりである。
咳は減ったとのことだったが、10日くらいして、目が見えにくくなっているようだとの連絡を受けた。それだけ聞けば、眼科疾患を想定するのだが、数日後に、ふらつきや狭いところに行く行動が見られるようになった。大脳症状が現れている。喉の腫れは悪性腫瘍で、それが脳に転移した可能性を第一に考えた。その1週間後には、部屋の隅の方へ頭を押し付ける行動が認められた。次々と異なる症状が現れる。翌日、全身の激しい痙攣を起こした。
あっという間だった。異変が飼い主の目に見えるようになってから、ドミノ倒しのように、バタバタと正常機能が破綻していった。咳を主訴に来院した段階では、すでに病気は進行しきっていたと思われるので、そこから完治に向かうことは、厳しかったかもしれない。しかし、せめて、痙攣を防ぎ、重積に至らせないようにすることは、できたかもしれない。
今回のケースでは、喉の異常を感知した段階で、脳へも含めて転移しやすい甲状腺癌はじめ、悪性腫瘍の存在を疑っておき、眼が見えにくくなったという連絡を受けてすぐに、抗けいれん薬や脳圧降下剤を処方する。こうして、できるだけ犬の苦しみや辛さを和らげる。加えて、飼い主に事態の理解と、心の準備をしておいてもらう。