高齢犬の夜鳴き。まだまだ元気なこの犬は、運動が減ってしまい、エネルギーがあり余っていた。たくさん走らせる。単純だが、これが解決法だった。

飼い主とその付き添いの人たちと一緒に病院の外に出て、その犬と散歩してみた。飼い主たちには、まず、近くで見てもらった。よく歩く。砂利の駐車場にまばらに生えた草のニオイをくんくんかぎながら、散策している。この犬の意識は、周囲の環境に向けられていて、散歩をしているのが誰かなんて、気にもしていない様子だった。

夜になると吠えるようになったという、この10歳齢の柴犬は、診察室の中で、落ち着いていた。目の前に手をかざされると、すこしビクッとするので、過敏な性格という印象は持ったが、柴犬なら普通の反応だ。飼い主のご家族だという付き添いの人は、この犬が怖いのだという。離れたところに座っている。別の家に住まわれていて、飼い主の自宅を訪ねると、いつも激しく吠えられるらしい。

自宅周辺の散歩のときに、この犬が近所の人を咬んだそうだ。そういう話も聞いて、余計にその人の恐怖心が増幅している。しかし、果たして、この犬は本当に”怖い”のだろうか。実際に見て、どうしてもそうとは思えなかった。ただただ元気な柴犬。遊びたい、動きたいという衝動が漏れ出ている。というわけで、飼い主たちのネガティブな認識を払拭するために、一緒に外に出て、様子を観察してもらったのだ。

怖いと言っていた人とも散歩をしてもらった。よく歩く。それどころか、走る走る。犬は夢中になって、その人を引っ張りながら、病院の周りを何周もしていた。犬は人間には目もくれない。咬む気なんてさらさらない。走れて大満足。楽しくて仕方ないといった表情をしていた。その夜、鳴かなかったそうだ。飼い主の事情で、毎日の運動が十分にできなくなったようなので、エネルギーがあり余っていただけなのかもしれない。近所の人を咬んだというのは、遊びたくて、かまってほしくて、ちょこっと口でアピールしただけだったのかもしれない。人間側のフィルターを取っ払うのも、我々の仕事なのだ。