認知症の犬が感じる不安感。それを見て飼い主が感じる不安感。悪循環を断ち切るために、犬の薬物療法とともに、飼い主の心のケアも欠かせない。
夜中に犬がずっと息切れをしていたから眠れなかった。飼い主はそう言って、14歳のボーダーコリーを連れて来た。呼吸器系の症状は、深刻な事態を連想させる。よく来る犬なので、様子はちょこちょこ確認できていた。振り返ってみると、この半年間、なんだか様子がおかしかった。ストレスに弱くなっているような気がしていたところだった。聴診で肺や心臓に異常音はないし、レントゲンでも肺の中に問題はない。歯茎の色も悪くない。発熱もない。呼吸が早くなる明らかな要因は、見当たらない。
自宅で飼い主の後を追うようになっているという。分離不安を思わせる行動だ。診察台の上でも息が上がっている。今まではそんなことはなかった。性格は穏やかで、我慢強かったはずだ。この犬の様子を見て、不安感が増しているのかもしれないと思った。14歳。高齢だ。認知機能はどうなのだろう。疑問がふとよぎった。そこで、評価表を持ち出して、それにしたがってスコア化してみた。結果、「軽度」の認知機能不全に該当した。
高齢になると、犬は様子が変わる。これは、多くの飼い主が日常的に薄々感じているようで、ときどきそれに関する相談を受けることがある。今まで大丈夫だったことが怖くなったり、我慢できていたことができなくなったりしてくる。脳の前頭葉の萎縮で見られる症状だ。“本性”が現れる。逆を言えば、不快に感じていることをストレートに表現してくれているとも受け取れるので、体や環境のどこかに不具合があるのかもしれない、と気づかせてくれる。そして、改善の余地がないかを考えるきっかけになる。
この犬の場合は、不安感を軽くする薬と、認知症用のサプリメントを始めた。そして、息切れのように見える症状は、認知機能が低下して、不安感が増しているから現れている行動で、心配はない、と飼い主に伝えた。1週間後にはその症状は治まり、その後さらに1か月間、安定を保っている。事情を飼い主が理解し、飼い主自身の腑に落ちることが必要だ。飼い主の不安感は、犬に伝染する。それがまた犬を不安にさせる。犬の不安感を下げるとともに、飼い主の不安感も払拭してあげるのだ。