鋭いプードル

穏やかな昼下がり。ソファの上で、体を折りたたんで休んでいる。突然、その若いトイ・プードルは、ぱっと頭を上げ、窓の方に目をやる。柔らかな陽が差し込んでいるだけのようだが、黒々とした瞳の奥は、はっきりとした意思を持っている。すっと立ち上がって、カーテンのかかった窓の方へ走り出す。たどりついた窓の前で、「ワンッ」の一声。

窓に人影が見える。横の道を車が通る音がする。遠雷がとどろく。誰の目にも耳にも明らかな段階になってから気づくようでは、並だ。超越した感覚を持つ犬は、人間が感じるよりも、はるか以前にそれを察知する。結果的に、何も起きていないのに、吠えている、ように見える。並の感覚しか持たない我々人間が、犬がなぜ吠えているのか理解できないのは、この感覚の差による。

犬が吠えることは、元々は、人間が作り出した行動だ。そして、感情表現としても、環境に適応した、本来あってしかるべき行動の一つである。しかし、今は、吠えないことが良しとされる時代になってきた。人間都合が行き過ぎれば、犬の存在意義と個性を否定することになる。吠えをゼロにすることは、そもそもできないのではあるが、それと同時に、吠えをゼロにしようと必死になってもいけないのだ。

原則は、多少の吠えを許容しつつ、それが過剰にならないように折り合いをつけること。最初の目標は、吠えない環境づくりと、吠え続けないように対処すること。このプードルの場合、窓に目隠しをする、吠えても反応しないで無視する、日頃から散歩や遊びでエネルギーを発散させるといったことをしてみる。並行して、不安や恐怖の感情があれば、適度に薬を使って緩和する。これが吠えに対する初動。