頭を持ち上げない。目がうつろ。首が硬く感じる。こんなときは、頚部痛を疑う。診療の進め方を徹底解説!

床置きの食器にドライフードが入っている。10歳の小型犬MIXは、当然、首を下げて食べる。犬の一般的な食事風景だ。飼い主が撮影して持参した動画はこうして始まった。そのうち、犬は食べるのをやめた。背骨と平行になるくらいの高さで首の位置を保って、動きが止まっている。犬はゆっくりと首を動かして、右側で構えるカメラを見た。表情はうつろだ。飼い主は、その様子を見て、”てんかん” ではないか、と考えた。

突然動作が止まって、意識がはっきりとしない。飼い主には、それが意識障害のように見えたようだった。てんかんとしてよく見られる症状ではないが、意識の減損を伴う焦点性発作ならありえるかもしれない。とりあえず、もう少し詳しく話を聞いてみる。これは別のタイミングで起こったことだそうだが、触ってみると、首の筋肉が硬く感じることがあったらしい。はて?、様子が変わってきた。てんかんの可能性は否定しないが、これと並行して検討するべき病態があると感じた。それは、頚部痛である。

まずは、レントゲン。レントゲンでわかる頚部痛の原因は少ないが、最低限わかる疾患を除外する。明らかな異常所見がなければ、MRIや脳脊髄液検査に進むかどうかを、飼い主に検討してもらう。検討中、あるいは、二次診療施設を予約して、その受診日まで時間が空く間、つなぎとして、消炎鎮痛剤や神経に作用する薬剤を処方する。この内服で症状が緩和された場合は、それで様子を見るのもひとつ。単に筋肉や靭帯の炎症、いわゆる“寝違え”や、急に首を動かして痛めただけだったかもしれない。その場合は、二次診療施設の予約はキャンセルでも構わない。

二次診療施設をキャンセルしないでさらなる検査に進んだ場合は、MRIでヘルニアや脊髄腫瘍がわかるかもしれないし、脳脊髄液検査で髄膜炎がわかるかもしれない。同時に脳の形の評価もできるし、てんかんの可能性について、追加の情報を得ることもできる。状況に応じて脳波検査もすれば、絶対ではないが、もっと核心に迫れるかもしれない。このような説明を飼い主にする。全体像を最初に示すのである。診療とは診察と治療のこと。診察と治療の、この2点の間に道を引く。飼い主に納得と安心を感じてもらうためには、この診療のロードマップを手渡してあげる必要がある。この飼い主は、このロードマップを持って、かかりつけのもとへ戻っていった。